「もっと勝ちにこだわれ。とにかく勝つためにはどうすればいいかを考えて毎日過ごさないと意味がない。」
ウィンターであっけなく予選落ちした後に、FrCの堀江さんから34期に言われた言葉を、ふと思い出すことがある。
当時はそこまで気に留めていたわけではなかったけど、心のどこかでこの言葉がラクロス部での自分の行動の指針になっていたと思う。
断言する。チームスポーツという勝負の世界において「勝つ」こと、また、それを求めることより価値を持つものはない。
もちろん、ラクロスをする動機は人それぞれ違っていいと思うし、ラクロスをする上で「勝つ」こと以外に何らかの価値を見出すのも悪くないと思う。
でも、その動機は「勝つ」ための基準以上の努力を生み出すものでなければならないし、「勝つ」こと以外の価値を見出すのは、勝ちを目指す過程において、或いはその延長線上においてでなければならない。
「勝つ」というのは、チームが試合に勝つということだけを指すのではない。
ラクロス部での日々は、大小様々な勝負に満ちている。
同じポジションのチームメイトとの序列争い。
他大のライバルとの勝負。
そして、甘えや妥協をしようとする自分との勝負。
これら全ての勝負に、常に「勝ち」にいくこと。
それを4年間続けることは、本当に難しい。
「勝ち」にいくなかで、個人の次元においても、集団の次元においても、障害になることは山ほどあるし、思い通りに事が進むなんてことはほとんどない。
そもそも、ラクロスを4年間続けるという選択でさえ、簡単なものではない。
1回生の秋ごろ、オーロラ(#89坂口)が「俺はわざわざ京大まで来て、ラクロスだけを4年間やる大学生活で本当にいいのか」と言っていて、心の底から衝撃を受けた。
というか、言っていることの意味が全くわからなかった。
当時の俺は、上手いやつが羨ましくて仕方なかった。
その頃からエースだったオーロラは、ラクロスが楽しくて仕方がないんだろうなと信じて疑わなかったし、ラクロスをするのは当たり前のことで、ラクロスがうまくいくか否かだけが、問題だと思っていた。
時間が経つにつれわかってきたことは、同じように考える人はオーロラ以外にもたくさんいるし、逆に俺みたいな考え方の人の方が少ないということ。
たまたま俺にとって遊びや学業が全く魅力的に映らなかっただけで、ましてや京大に来ているような人間が色んなことに好奇心を示すのは当然のことだ。
それ以外にも、経済的事情などラクロスの障害になり得るものはいくつも存在するが、俺はたまたま恵まれていたから、ラクロスのことだけを考えることができただけだった。
そんな俺でさえ、立ち止まりかけたこと、もう走れないと思ったことは何度もあった。
そんな時は、自分がラクロスを始めた理由、ラクロスを続けている理由に立ちかえれば良いと思う。
自分の場合は、それがチームメイトだった。
運動経験もほとんどない俺がラクロス部に入ったのは、先輩の人柄や雰囲気を見て、良いチーム、良い部活だなと思ったからだった。
1回生の頃は練習が嫌で嫌でしょうがなくて、辞めたらこんな思いせずに済むんかなって一瞬頭によぎったこともあったけど、同期の顔を思い出すと辞めるという選択肢はあり得んなってすぐ思った。
3,4回生でAの試合に出るようになってからは、責任も増えて、何もしてないのに涙が出てくるぐらい追い込まれていた時期もあった。そんなときは色んな人に話を聞いてもらったし、励ましてもらったおかげでなんとか踏ん張ってやってこれたと思う。
いや、辛いときだけじゃなくて、どんな時も原動力はみんなだった。みんなとだから、勝ちたいと思えた。
大好きなみんなが負けて泣いてる景色よりも、勝って笑顔で喜び合っている景色の方が見たい。俺が走り切る理由としては、十分すぎるほどだ。
俺は、勝ってみんなと見たい景色を見るために、自分の4年間を証明するために、今日もクロスを倒す。
勝負の世界は残酷だ。
どれだけ努力しても、どれだけ実力差があったとしても、勝てる保証はない。
運という不確かなものが、勝敗を左右することも往々にしてある。
だが、敢えて言いきろう。
勝って最後に笑うのは俺たちだ。
#12 末武直也

