
チームスポーツが好き。
強豪を倒した時のあの光景。
大会で優勝した時のあの光景。
みんなで何かを成し遂げたときの、あの脳汁が出るような高揚感が忘れられない。
サッカーが好きだったとは言えないけど、12年間も続けられた理由はここにあると思う。
そんな高揚感をもう一度味わいたくて、ラクロス部に入部した。
でも、当然そんなに簡単に味わえるものではなかった。
勝てない。
上手くならない。
モチベーションの低下。
それでも、
上手くなれば勝てるようになるかもしれない。
勝てればあの高揚感を味わえるかもしれない。
それだけを信じて、ただひたすらにクロスを触っていた。
ただ、今思えば、その努力はどこか自己満足だった。
量さえこなしていれば、いつか上手くなる。そんな甘い考えで、自分の課題に本気で向き合おうとしていなかった。
1回生では、なんとなく練習をこなすだけの毎日。
6on6になって点が取れなくなっても、上回生になれば点取れるようになるでしょ、と楽観的に考え、ミスをしても、点が取れなくても、大して悔しさを感じることなく、淡々と日々を過ごしていた。
そんな自分は、気づけば2回生のBリーグでは干されそうになっていた。
たまに入れてもらっていたAの練習では全くついていけなかった。
迷惑をかけまいと萎縮したプレーばかりで、結局自分のところでCT祭りで大迷惑。
練習を重ねても上手くいかない。
周りとの差は縮まるどころか、広がっていく。
いつしか、毎日の練習が本当に嫌になっていた。
どうせ上手くいかなくて、また落ち込むのが分かっている練習に行くのが本当に嫌だった。
寝たら嫌な明日が来てしまうことが怖くて、夜も眠れなかった。
そんな弱い自分と向き合おうともせず、毎日のように遅欠LINEで欠席連絡を入れようか迷っていた。
今考えれば、あんな練習をしていて活躍できないなんて当たり前だったし、当然の結果だった。
チームで何かを成し遂げるのが好きなのに。
チームの一員として貢献するどころか、足を引っ張っている。
そんな自分が嫌で嫌で、苦しくて、辛かった。
辞めちゃえば全部楽になるのにな。
こんな気持ちにならずに済むのにな。
何度考えただろうか。
結局、近大戦ではベンチに入れたものの、それ以外の試合では一度もベンチに入れなかった。
スタンドから、2回生ながら活躍する眩しい同期たちを、ただ眺めるだけだった。
そんな悔しさを抱えたまま、2回生のシーズンが終わった。
もう二度と、スタンドから同期の活躍を眺めるだけの自分ではいたくなかった。
あの眩しい先輩たちや同期たちのように、自分も試合に出て、活躍して、勝利の喜びを分かち合いたい。
そんな思いで迎えた3回生。
少しずつできることも増え、自分なりに成長を感じられるようになっていた。
シーズン序盤は先輩の指導のおかげもあり、上手くなっている実感があったし、Aの試合にも出られるようになった。
それでも、自分に自信が持てなかった。
ミスをしてチームに迷惑をかけまいと、消極的なプレーばかりしていた。
次第に序列は落ちていき、出場機会も減っていった。
そんな中で迎えた双青戦。
どうにかして結果を残してやろうという思いが空回りし、タイムアウト後、時間かけて攻めようと言われていたのに、初手でランシューを打ってカットされてターンオーバー。
その後のプレシーズンマッチ早稲田戦でも、大事な場面でノープレッシャーのパスミス。
結局、何も変わっていなかった。
できることは増えていた。
でも、自分の弱さに向き合う強さも、自分がチームを勝たせるという責任感も、全くなかった。
チームで勝つ喜びを味わいたいとか言いながら、自分がその勝利を掴み取る覚悟がなかった。
活躍してチームに貢献したい。
そんな思いも、ただの中身の伴わない願望に過ぎなかった。
結局、Aの下の方でBでもなかった自分は、リーグ戦期間中、ABどちらの試合にもほとんど出られなかった。
ファイナル前には、試合に出られないのに、ラクロスを続ける意味すら分からなくなった。
自分が試合に出て活躍し、チームの勝利に貢献したい。
そんな思いで続けてきたはずなのに、いつしかその目標すら遠いものになっていた。
そんな時、もう一度頑張る意味を教えてくれたのは、Bリーグで既に敗退しながらも、狭いフィルホで懸命に練習する仲間たちの姿だった。
試合に出たくても、出られない仲間がいる。
自分にはまだ、試合に出てチームに貢献できる可能性が残されている。
だからこそ、最後まで全力を尽くす責任がある。
そう思うと、もう一度頑張ろうと思えた。
しかし、最後まで大した貢献はできず、岡大戦でもチームを勝たせることはできなかった。
来年こそは、自分がチームを引っ張って、この舞台で雪辱を果たす。
そう誓い、もう一度あの青いグラウンドに戻ってくることを目指して迎えたラストシーズン。
少しずつ成長してきたと思っていた矢先、アキレス腱をケガし、2ヶ月ほど練習から離れることになった。
もう俺がチームに貢献することは無理なんじゃないかと思った。
それでも諦めきれず、痛みが残るなか、TRに強がって練習に復帰した。
思うように体は動かなかったけど、なんとか数ヶ月かけて感覚を取り戻した。
しかし、復帰後のトップリーグでは、4回生がやってはいけないような情けないミスを連発。
3年間で決まらなかった責任と覚悟は、4回生になっても決まっていなかった。
どうすれば覚悟が決まるのか。
どうすれば自分の行動でチームを引っ張れるのか。
たくさん悩んだ。
4回生なんだからもっと声を出せとか、もっと周りを見ろとか、よく言われていた。
でも正直そんな余裕はなかった。
自分が上手くなることが一番の貢献だ。と、自分に言い訳しながら、目の前のプレーに必死になっていた。
それでも、諦めずに練習を続けているうちに、だんだんと点が取れるようになってきた。
楽しかった。
自分の点でみんなが喜んでくれる姿。
試合後に「あのゴールよかったやん」って声をかけてくれる先輩たち。
自分のプレーが、少しでもチームの力になれたと思える瞬間。
こういう瞬間のためにラクロスをやっていたんだ。
4回生になって、ようやく少しだけ気づけた気がした。
でも、最後の同志社戦。
何度も訪れた決定機を外した。
あの一本を決めていれば。
ずっと、自分が試合に出て活躍して、チームを勝たせたいと思っていたのに、最後の最後でチームを勝たせることができなかった。
そしてそのまま引退することになった。
悔しかった。
4回生になってようやく自分のプレーでチームに貢献できるようになったと思っていたのに、最後は自分の力で勝利を掴み取れなかった。
それでも、この4年間を後悔しているわけではない。
振り返れば、何度も辞めたいと思ったし、自分には向いていないんじゃないかと思うこともあった。
それでも続けてこられたのは、いつか自分も、みんなと勝利を分かち合えると信じていたからだと思う。
だからこれから先、ラクロスを投げ出したくなることがあったら、未来の自分が見たい光景を想像してほしい。
自分が試合で活躍する姿。
自分のプレーで仲間が喜んでくれる姿。
みんなで勝利を掴み取る、あの瞬間。
そんな光景を思い描くことが、苦しい時にもう一度頑張る理由になるかもしれない。
でも、ただその瞬間を待ってるだけじゃ何も変わらない。
自分がチームを勝たせるんだという気持ちを持ってプレーしてほしい。
チームスポーツは、自分には向いていなかったかもしれない。それでも、チームスポーツが好きだ。
苦しい時にもう一度頑張ろうと思えたのも、嬉しい時にその喜びが何倍にもなったのも、いつだって仲間がいたからだった。
原動力は、いつだって仲間の存在だった。
最後にお世話になった皆さんへ
同期へ
34期で本当に良かった。みんなと一緒で本当に楽しかった。リーダー陣には迷惑かけて申し訳ない。見捨てないでくれてありがとう。最高の4年間でした。これからも仲良くしましょう。
後輩たちへ
本当に後輩たちに恵まれて幸せ者です。来年以降の活躍期待してます。ありがとう。応援してます。
33期の先輩方
去年力になれなくてごめんなさい。みんな親しみやすくて、絡むのが楽しくて面白くて大好きです。一緒にプレーできて楽しかったです。ありがとうございました。
今までお世話になったコーチの方々へ
こんな自分を見捨てないでくれてありがとうございました。コーチさんの支えがあってここまでやってこれました。本当にありがとうございました。
特に兼氏くんには大変お世話になりました。たくさん指導してくれたおかげで多少なりとも成長できた気がします。感謝してもしきれません。
家族へ
拓
拓がいなかったらラクロスに出会えてなかったかもしれません。このスポーツを教えてくれてありがとう。
両親
特に3回生までは、わざわざ東京から応援来てくれるのにあんまり活躍する姿を見せられなくてごめんなさい。あと何不自由なくラクロスが出来たのは間違いなく父、母の支えのおかげです。本当にありがとうございました。
2026/11/7 #49 小倉旺

