“贅沢”
今まで、身に余るそれを享受してきた。小さい頃から、欲しいものはなんでも買ってもらったし、家族との外出や旅行では色々な場所に連れて行ってもらった。
中学・高校生の頃は部活に熱中できる環境を整えてもらったし、大学受験では浪人することを許してもらい、予備校に通わせてもらった。
その過程で関わった人たち、友達、仲間もそう。
枚挙にいとまがない。
それら全て、何という贅沢。
天賦のものじゃない。
大学生になって、それを改めて認識した。こんなにも恵まれた環境にいる。
一人暮らしをさせてもらえること。
毎月多額の仕送りをしてもらえること。
‘普通’の大学生として暮らすのはなんだか勿体無い。これだけの贅沢を享受してきて、何一つ成長せずに大学四年間を過ごすのは筋が通らない気がした。単なる遊びや趣味ではない、成長できる環境を探すことにした。
そうしてラクロスに出会った。
1回生の頃はあまり上手くなれず、ウィンターにも出られなかった。今考えると、正規練も自主練も全然取り組めてなかった。ただただ上手くなっていく同期を眺めていることしかできなかった。
2回生からは自主練や筋トレ、ビデ反にしっかり時間を割くようになったことで、上達を実感できた。アートさんがBリーグの試合後に、「うまくなってたやん!」と褒めてくれたことは今でも鮮明に覚えている。嬉しくて涙が出た。
ラクロスするのが楽しかったし、このまま上達していけば、いい選手になれるかもしれないと思った。
3回生は辛いシーズンだった。
目標はAで活躍すること。
シーズン序盤はAに帯同させてもらったが、2月の関東遠征で足を引っ張り、戦果を残せなかった。Aについていこうと、与一さんの穴を埋めようと頑張ったけれど、怪我で3週間ほど練習できず、その間にマンソルに席を取られてしまった。そしてモデルゲームでもミスをして、ついにA戦術練から降ろされた。
マンソルは憎たらしいぐらい優秀なDMFだったし、当時の自分の実力的には、そのモデゲでミスしなくても、いずれ降ろされていたんだと思う。
けど、あの時怪我しなければ、あの時ミスしなければ、もう一週間Aに入れたかもしれない。次のモデルゲームまで粘れたかもしれない。せめて、半分でも戦術に入れたかもしれない。週に一度でも戦術に入れたかもしれない。そんな思いが頭から離れなかった。
ハンドからネット越し見るA練の光景は、距離にすれば数メートルのはずなのに、まるで手の届かない、すごく遠くにあるように見えた。
目標を失った虚無感なのか、練習に行くのが憂鬱になっていき、自主練をするのも筋トレをするのもやる気が出なかった。
落ち込んでる場合じゃない。今が正念場。俺が誰よりも努力しないと。今からでも上手くなれば、リーグ戦に間に合うかもしれないんだから。
頭ではわかっている。でも動けなかった。
ラクロスが嫌いになった。
自分が嫌いになった。
どこか遠くへ逃げたかった。
加えて、25Bでは6月くらいまで専属DMFが自分しかおらず、春から夏まで、試合は全てフルで出場していた。その疲労や怪我への恐怖感も、グラウンドに行く足取りを重くした。そうやってまごついている間に、優秀な後輩が復帰し、今度は彼とAの4枚目を争うことになっていった。
25のあるリーグ戦、24の時お世話になったマイティーさんが見に来てくれていた。試合には出れないどころか、後輩にも序列を抜かれんとする自分に、マイティーさんは言葉を選んでくれたと思う。
「くれないも出ないとダメよ。来年のこともあるんやから。」
「ちょっとでも出れるよう、俺からニックに言っとくわ!」
その瞬間。
マイティーさんにそんなことをさせてしまう自分が。
そんなことを言わせてしまう自分が。
情けなくて、弱くて
みっともなくて、悔しくて
惨めで、惨めで
惨めで、惨めで
消えてしまいたかった。
知らなかった。
誰かの期待を裏切ることが
こんなにも苦しいことだとは。
後悔した。
あの時怪我したこと。
貴重なA練で成果を出せなかったこと。
言い訳ばかり探して、逃げていたこと。
毎日、ちゃんとやれなかったこと。
A試合に出れないことを、どこかで受け入れてしまっていたこと。
そんな後悔が役に立つはずもなく、Bリーグで早々にクロールさんを引退させてしまった。
3回生ならもっとBチームのことを考え、牽引しなければならなかったのに。主力として活躍しなくてはいけなかったのに。4回生を支えて、チームを勝たせないといけなかったのに。
気づいたのが遅すぎた。
いつも自分のことばかりを考え、それに一喜一憂していただけの一年だった。
時間はたくさんあったはずだ。たくさんのチャンスがあったはずだ。
たくさんの“贅沢”を享受しているはずだ。
ともすれば忘れてしまう。
尊敬できる同期。優秀な後輩。支えてくれる家族。
リベンジできる時間がまだ少し残っていること。
これだけの贅沢を、努力に変えないでどうする。結果に変えないでどうする。
もう十分後悔した。だから変わりたかった。
26では毎日自主練・ストレッチして発信することや、筋トレシートをきちんと書くこと、練習中の声出し、技術や行動面での周囲への干渉を意識してやるようにした。もちろん全て十分にできているとは思わないし、これからも手を抜くつもりはない。
幹部や役職がある人だけがチームのことを考えているようではいけない。全員がチームのことを自分事としてとらえ、なにかしら行動することが組織を強くする上で必要だろう。
また、自分の努力を発信することは、うまく行動できなくなっている部員に、少しでもいい影響を与えると信じている。誰にだってモチベーションの波はあるし、ラクロスが嫌になる日もある。そういう時に、小さなことでもいいから一つアクションして欲しい。俺はやってるから、一緒にやろう。そういう意味を込めている。
今やっていることに満足せず、これからも自分の責任領域を拡大したい。チームに貢献するために。“贅沢”に報いるために。
これまで、たくさんの壁にぶつかった。
たくさん悩んだ。苦しんだ。
その度に涙を呑んだ。
あらゆる負の感情が、自分の中でぐちゃぐちゃになったあのとき。
大好きな先輩を引退させてしまったあの瞬間。
応援してくれる人を裏切った、形容し難い罪悪感。
大切なことは、そうした瞬間の漏れなく全てが、今の自分を作っているということだ。
だから、全部乗り越えたって言ってみせよう。
技術的にはまだまだ未熟。
でも、俺は強くなった。
去年と何が変わったか。
試合に出ても不甲斐ないパフォーマンスばかり。
阪大戦も神戸戦も、俺のせいで失点している。
ミスして降ろされて、競争に負けて終わり?
違う。去年とは違う。
これから取り返す。
覚悟はできてる。俺は俺を諦めない。
毎日、ちゃんとやっている。
だから勝機がある。
技術、怪我、能力、立場、序列。
理由は違えど、ラクロスをする中で自分と同じように苦境に立つ仲間は多い。
そして、26KULが今まさに、そうした苦境の渦中にいるだろう。
もう負けられない。もう落とせない。
俺たちは試されている。
だから抗おう。全員で。
この逆境、自分たちの弱い部分、組織の脆い部分
全部ひっくり返そう。
その最初の一歩を俺が出す。
俺と一緒に、みんなで乗り越えよう。
最後の最後まで、俺はみんなと走りたい。
みんなと喜びたい。みんなで勝ちたい。
もっとみんなと“贅沢”な時間を過ごしたい。
立命戦、勝とう。
長くなってしまいましたが、最後に感謝を伝えます。
先輩方へ
新歓していただいたディズさんから始まり、今までたくさんの先輩方にお世話になりました。特にきーちさんは、2年連続コーチをしてくださりアドバイスや励ましを何度もいただきました。ありがとうございます。
最後まで走り抜けるので、応援していただければ幸いです。
同期へ
なんだかんだ、ここまでラクロスを続けてこれたのはみんなのおかげです。今までずっと、みんなの背中を追い続けてきたんだと思う。俺の憧れになってくれてありがとう。みんなとならどこまでも行けると信じてる。もうちょっとだけ一緒にラクロスしよう。
後輩へ
頼りない先輩で申し訳ない。みんなには助けられてばっかりで、最上回生らしいところを一つも示せていないけれど、これからのプレーで表現します。頼りにしているので、もう少し力を貸してください。特にDMFたち、一緒に頑張ろう。
両親へ
ここまで支えてくれてありがとう。感謝してもしきれません。連絡も遅いし帰省もあまりしなくてごめんなさい。最近は試合を見にきてもらっているので、絶対にプレーで恩返しします。
2026/8/14 #18 竹中寿光

